「完璧な家族」という偶像
教職に就こうとすると如実に感じるのは、福音派には概して未だ男女不平等な性質が多く残っているということです。神学校でも外向きにはそのような問題に取り組んでいるように見せかけても、パフォーマンスだけでその内実は全く伴っていないことを何度も感じました。そのことと深く関係しているように感じるのは、福音派が抱えている「完璧な家族」への偶像です。
「完璧な家族」に対する偶像は保守的なキリスト教との深い関わりの中でとても考えさせられる問題です。
勿論例外も多々ありますが、保守的なキリスト教の中で、まだ学生のころから年齢にこだわり、年上の女性を蔑み、年齢を重ねることに恐れを抱く女性をとても多く見ました。彼らは神の与えた自分の本当の価値に気づくことのできない、女性に賞味期限を突きつける因習的な男尊女卑の考え方を刷り込まれた犠牲者です。聖書ではなくその非聖書的価値観に支配されているのです。そのような人たちは皆半ば焦燥感にかられるように結婚や出産に邁進しています。その背景には、福音派において「完璧な家族」が偶像化されていることがあります。
「夫婦ともにクリスチャンで、子供や孫（子供のころに洗礼を受け教会に熱心に通うクリスチャンや献身者であることが望ましい）のいる仲の良い家庭、牧師家庭であればなお良い」というステレオタイプがその世界で最も推奨されるあり方となってしまっているのです。
神の創造物である人間に「欠陥品」など本来一人もいないはずですが、そのステレオタイプに当てはまらなければ例えば次の例のように「欠陥品」として扱われることがあります。
保守的なキリスト教において離婚は異様なほど嫌厭されます。私は保守的なキリスト教の学生伝道のための団体で働いていた方が離婚を考えていることを理由にその団体を「学生によくない影響を与える」として「穏便に」辞めさせられるのを見たことがあります。その背景には配偶者のモラルハラスメントがあったにも関わらずです。最も人が助けてほしい時に、何てキリストとかけ離れたことをする組織なんだろうと感じてしまいました。そんなふうに血も涙もないようなことをする組織で彼らの基準で「素行が良い」とされて優遇される人よりも、人の痛みを理解できるような経験をしたその方のほうがよっぽど素晴らしい働きができると思いました。
現に世界で今最も著名な女性の説教者は離婚経験者です（もちろん彼女は離婚を推奨しているわけではありません）。私は何度彼女の説教に励まされてきたかわかりません。痛みを知っているから、人の心に響く真理の言葉を語ることができるのです。
しかし、そんなことを口に出せないようなカルト的な同調圧力がその組織にはありました。理由がなければ起こりえない「離婚」をただの記号としてみているのでこんなおかしなことが起こるのです。
近年、クリスチャンの家庭に対し特別な働きをしていた牧師が離婚し棄教したというニュースがありました。理由は公にされているもの以上に深いものがあったのではないかと思います。あくまで憶測ですが、彼こそが自分がつくりあげたその「完璧な家族」という偶像に押しつぶされてしまったのではないかと思うのです。人が罪人である以上「完璧な家族」など、どこにも存在しないのです。
私はそのような「完璧な家族」で生まれ育った犠牲者を神学校やキリスト教団体で多く見ました。奥底に隠れた攻撃性を持っているのですが、キリスト教の世界において傍目には「完璧な良い子」を演じています。彼らは本当のところはキリストに出会ったことはないような印象を受けました。いつも心に空虚なものを抱えているようで、笑顔も涙も偽りのようで、心からの笑顔や涙がありません。生まれたばかりのころからずっと自分の本当の感情を押し殺して生きざるを得なかった結果だと思います。
親が「完璧な家族」を演じるために幼少期自分が押さえつけさせられたものを持っている人を妬み、善人の仮面を被りながらそのような人たちに隠された攻撃性を向けます。彼らは本当の愛を知りません。本当に人を信頼し愛することができません。虚構の完璧な家族をつくりあげるために、親が真の愛情でなく偽りの条件付きの愛情だけを彼らに注いだからです。このような人たちは人を傷つける生き方をやめられないまま、周りからの称賛を渇望する思いから洗礼を受けたり献身してしまいます。生まれてからずっと何かの歯車が狂っているのです。
あるいは、もっと子供が人間らしい感情を持てた場合、そのような家庭の子供は幼い頃から葛藤し続けて病んでしまうこともあります。他人ではなく自分を攻撃してしまうのです。
どちらの例も本当に多く見ました。
「完璧な家族」志向の本質的な間違いは、その人そのものではないものに焦点が当たり、それが誇りとされていることにあります。その家庭を構成する人一人一人が自分を見つめ、神の御前に罪を認め変えられていくことが結果として良い家族をつくるのであって、家族は人に虚勢を張るための見世物ではないのです。
キリスト教世界を見ていて、どこか世襲制のようなものが残っていることに私は嫌悪感を覚えます。その世界の重鎮のような役割を果たす人がいて、代々その家族がそれを引き継ぐのです。とても非聖書的な観念ですが、キリストを見ずに、ただ「○代目クリスチャン」ということを誇りにする人も見かけます。これも、「完璧な家族」に対する偶像から生まれた負の遺産だと思います。
人が本当のキリスト者となることは、聖霊の働きであって人間のコントロール下にあるものではないのです。キリスト教の世界では、よくクリスチャンの家庭の子供に「そろそろ洗礼を」という声がかけられるのを見ます。それは間違っています。子供であろうが老年であろうが、本人が本当に心からキリストによって新生したときが、洗礼の最善の時です。洗礼は誰かのステータスのためのものではないのです。
神様に孫はいません。神様にいるのは子供だけです。